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印刷媒体とウェブ / yujiro
今回は相方のmosoちゃんがお休みでワタクシyujiroピンでの投稿です。


印刷媒体と画面表示といった方がいいかな俺の場合。
基本的に「紙媒体の本や雑誌や書類など」と「電源を入れて画面で表示するもの」
ですね。

そしてそれぞれの長所短所はわざわざ列記するほどのことでもないので割愛。
その長短も個人によって意味や価値が違うだろうけど、俺個人の中での一番感じる
差といえば、「金がかかるか無料か」。

もちろんフリーペーパーもあれば有料情報サイトもある。
けどまぁ、ほとんどの場合が上記が当てはまる。


さて話はちょっと飛びますが(しかも毎度あらぬ方向へ)、ウェブが普及して最も売り
上げが落ちた印刷媒体といえばエッチな本なんじゃないだろうか。文庫本も百科事
典も英和辞典もやっぱり手元にあった方が何かと使いやすいし、penやfigaroはゆっ
くりソファで読む(見る)ものだし、洋書や写真集などは中味に書いてある事や写っ
ている内容だけでなくその物としての存在にも価値がある。でもエッチな本だけは
部屋にあって良い事など一つも無い。

ビデオもデジカメもパソコン(インターネット)もDVDも最も普及を即した要因の根
源はエロだと聞いたことがある。科学技術の発達は戦争とエロのおかげだと。

いや、話がズレてるな。。


話を元に戻すけど(多分戻らないけど)、俺が気になるのは、「印刷されたウェブ」
もしくは「ブラウズする紙」。いわゆる電子ペーパーね。(やっぱり基本的に話逸
れてるな)大日本印刷や凸版印刷の試作品はもう実用レベルで本当にまさに表示す
る紙。ラミネートされた紙って感じで本当に紙と呼べる薄さで電源も要らないし丸
めることも可能。簡単に言うと、紙を透明のクリアファイルみたいのに挟んだ状態、
みたいな感じだな。

朝の電車の中で新聞読むのって本当大変なんだけどまずこれが変わるね。
まぁ、ページを変えて読み続けるには電源と表示を切り替える為の何かが必要にな
るだろうけどそれもRFICタグみたいな小さな無線で出来るようになれば鞄に入れた
PDAや携帯やPCから飛ばせばいい。そんな時代がほんとすぐやって来そう。
マーカーで電子ペーパーに書けばタッチパネルみたいな感じでそのまま反映される、
とか本当の紙の様にも出来る物も可能らしい。

かと言って、雑誌や辞典などがこれなら代用出来る、かと言うとやっぱりそうでも
ない。紙として本として物として必要な物はやっぱり無くならないとは思うけど、
「ウェブ」と「印刷媒体」を限りなく近づけてくれるような気がする。
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by text_project | 2006-02-28 14:18 | もそ&yujiro
印刷媒体とウェブ / 鴎
さて、ロジスティカ第三のお題は「印刷媒体とウェブ」ということで。

先日図書館から『教科書に載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』を借りて遅ればせながら読ませていただいたのですが、そもそも個人サイトと印刷媒体というのは密接な関係があったそうです。

と、いうのもインターネット最初期、つまり94年や95年に個人サイトをやれたのは、大学生だったそうです。これはまだプロバイダ料などが高く、個人ではネット環境を整備できなかったことが理由に挙げられています。そこで大学の設備を使って個人サイトが営まれていたわけですが、当時はe-zineと呼ばれるミニコミ誌のウェブ版のようなサイトが面白かったらしいのです。

今その直系のDNAを持っているサイトさんは、Weekly Teinou 蜂 Womanさんらしいです。このように、ウェブ最初期は、紙メディアに載っていたものがウェブに入ってくるという時代でした。

そのうち企業や新聞社などがオンラインのマガジンをするようになり、こと「情報」に関しては紙メディアと同等の存在にウェブはなりました。いわば莫大な蔵書を持つ図書館にインターネットはなったわけです。

その後、あやしいわーるどやあめぞう、そして2chが巨大化していく中で、ウェブは掲示板利用者の中ではラジオになっていったと思います。一日中つけっぱで時々投稿するラジオ番組としてのウェブがあったわけです。

そしてmixiやRSSが広がり、ウェブはより大衆的なTVに近くなってきたと思います。何もしなくても大量のコンテンツが作られ、更新情報を巡回しなくても集められ、ただだらーっとながめることで時間をつぶせるメディア、いつでも自分のコンテンツを発信できるメディア。インターネットは個人をメディアとして24時間消費する大きなシステムになりました。そしてハイパーリンク・ディープリンクによって個々のコンテンツはコンテンツ製作者の「名前」から離れ、独立して消費されるようになりました。

そんな状態からのゆり戻しという意味が、ウェブの書籍化にはあると思います。製作者の名前の無いコンテンツとしてしか認識されなかったものが、ひとつにまとめられ、パッケージとして売り出されるというのは、「名前を取り戻す」という行為にも思えます。

もちろん商業的にやっていけるだけの下地ができたこともあるでしょうし、著作権がらみの話もあるでしょうが、インターネットの書籍化に個人サイトの隔世遺伝を見るのも面白いのではないでしょうか。dai
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by text_project | 2006-02-27 14:01 |
印刷媒体とウェブ / わんこ
*新聞と新聞社のニュースサイトについて語るために最初に思い浮かんだ読売新聞とYOMIURI ONLINEを引き合いに出しています。特に読売新聞に限定する意図はありません。


読売新聞は読むけれどYOMIURI ONLINEは読む気が起こらない。
YOMIURI ONLINEは1日2回しか発行されない新聞より速報性に優れているし、何より広告収入により運営されているため購読料がかからない。何の不足も無いはずなのに積極的に読みに行ったことが無いのは何故だろうか。

一番の理由は自分がめんどくさがりであること
前回も書いたが自分は面白いものを探すためにネットしている。
日々様々なジャンルから膨大な量のニュースを配信しているYOMIURI ONLINEの中から面白いものを探すのは非常に時間がかかり面倒だ。それならば他の子ニュース・孫ニュースサイトを回っていた方が面白いニュースやネタに出会うのには効率的である。

2つ目の理由はYOMIURI ONLINEがウェブサイトであるということ。
何を当たり前のことを言ってるのかと思われるかもしれないが、人はネットしている時の集中力は金魚並だそうだ。以前取り上げたことがあるので以下に引用する。

集中力の持続時間は人の行動パターンによって変わってくるそうなのだが、なんでもネットサーフィンをしているときの行動パターンは、ものすごくせっかちなんだとか。せっかちな行動をとるときは集中できる時間が非常に短くなるので、目的もなく次から次へとクリックしていると、わずか数秒しか集中できないんだって。研究によると、その集中力の持続
時間は約9秒で、それは金魚と同レベルなんだそう。

引用元:http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1624368/detail

人がネットしている時せっかちになるならば、YOMIURI ONLINEの見出しのみで記事はクリックしてからというニュースの表示方法はせっかちにとっては面倒であることこの上ない。
もちろんこれはYOMIURI ONLINEが悪いのではなく、読む側の問題であるのだが


(未完)

ごめんなさい。時間切れです…。
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by text_project | 2006-02-26 16:15 | わんこ
印刷媒体とウェブ / みひろ
正直、何も浮かばないので
ウェブをデジタルデータに、
印刷媒体を紙に置き換えて考えてみた。
やっぱり何も浮かばなかった。
そこで、今回は矛盾も脈略も気にせず
それっぽく、なりきって書いてみた。

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紙媒体とデジタル

世の中モバイル機器が幅を利かせ、ペーパーレス化が進んではいるが
相変わらず印刷物は大きな力を持っている。

日本人が特に「契約書」というものに弱いのもあるが
何百年経っても紙の印刷物というものは無くならないだろうと思う。
紙というものは無くなるかもしれないが、デジタルデータだけの社会にはならない。


こうやってテキストをウェブに寄稿する。
何万回でも跡形もなく消せ、そして書き直せる。
子供の頃初めてワープロを触って以来この感覚は当たり前に持っているが
当然、紙ではそうはいかない。そこが印刷媒体の存在意義だと思う。

デジタルなデータにどっぷり漬かった生活を送っている我々だが、
いつか足をすくわれるのではないか。

デジタルデータは印刷が日に焼けて消えたりはしない。
だが、たった一度の停電で全てが消えてしまう事もある。
自分のサイトも、2006/2/20現在までで38,946件の記事が記録されているが、
一瞬で消すことのできるちっぽけなデータでしかない。

今こそ、再び紙媒体の価値を見いだす時代になっているのではないだろうか。


ゆとり小学校3年1組 みひろ






なんだこれ('A`)



はい。苦情は受け付けませんw 落としたと思って忘れてください。
ノリと一時凌ぎでは乗り切れないテーマ」というものに
初めて遭遇したという意味では、記憶に残る貴重な回です。
今回はほんとごめんなさい精進しますということで。

まぁ、卑屈になってもしょうがなく、書けないなら書けないなりに
思いっきりネタ要員として演じるべきだったのかもしれません。
高すぎるハードルなんてくぐってしまえぐらいの。
しかし飛ぼうかくぐろうか悩んでるうちにハードルに体当たり。
ウケも狙えず中途半端に転ぶ結果となりました。
このへんも立ち回りが下手で頭の固い自分が良く出てます。
人間、出来る事からやらないと途方に暮れます。
文豪から文盲(=自分)まで揃っているというのがLogisticaの魅力である、と
やぶれかぶれに思っております。

*・゜゜・*:.。..。.:*゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*

「どうやったら読む人を惹きつける文章が書けるんだろう…」
そんな悩みが生まれるのもこのプロジェクトのいい所ですね。
普段そんな事考えないですから。

書いてる途中に「あ、これは前回書きたかったなぁー」とか
「このフレーズは次回使いたいなぁ」とか、何気に言葉のストックが
溜まっていくのは楽しいですね。所詮こんな駄文ばっかりですけどね。

関係ないですが、この間サイトのデータベースが使用不可能になり
リカバリーが出来たので良かったのだが消えてたらショックでサイトを
辞めていたかもしれないという事がありました。
バックアップはこまめに取りましょう。

本文はまったく進まなかったのに、自意識過剰な言い訳は10分で書けてしまう哀しさ。


BackNumber:
第一回:あなたのサイトの個性は何ですか?
第二回:職業病というか更新習慣病

読む人にひきつけを起こさせる文章なら得意 / 思考停止世代みひろ
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by text_project | 2006-02-26 01:19 | みひろ
個人ニュースサイトは信用するな! / セミマル

 いやぁ、早くも三回目ですね。第一回目はクソマジメに書いたので、第二回目は思いっきりネタに走ったら、見事に浮いてしまいました。ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWSのセミマルです。

 さて、本日のお題は「印刷媒体とウェブ」です。前回、前々回はお題を聞いたら、大抵書くことがパッと頭に浮かんできたのですが、今回は本当に何にも、まったく、これっぽっちも浮かんできませんでした。しょうがないので書きながら考えることにします。




昨今のブログブームと書籍化
  • 「印刷媒体とウェブ」でまず頭に浮かんだのがブログの書籍化ブームである。
    • 最近だと鬼嫁日記とかになるのだろうか。
    • 書籍だけでなくドラマにもなっていたようだから、Webの住人だけでなく、一般人にも受け入れられているといっても差し支えはなさそうである。

  • また、あるブログ関連の雑誌には、「あなたも人気ブログを作って、書籍化を目指そう!」みたいなことが書いてあった記憶がある。
    • 実際、人気ブログが書籍化されるということは結構よくあることのようだ。
    • ブログの書籍化がブームという読売の記事にはいくつかの書籍化されたブログさんが紹介されていた。
    • 正直、見たことない所が多かったりするのだが、多分人気サイトなのだろう。



では、ブログの書籍化は特別新しい出来事なのか?
  • 答えはノーである。
    • 少なくともブログブームの前から、書籍化されているサイトはいくつもある。
    • テキストサイトではちゆPOPOIろじぱらなどが書籍化している。
    • 2ch関連だと電車男以前にも「泣ける2ちゃんねる」や「思い出に残る食事」などが書籍化されている。

  • ブログがブームになる前から、Webサイトの書籍化は行われてきた。
    • じゃあ、なんでブログの書籍化がニュースになったりするかというと…。
    • はて、なんでだろう?

  • ともかくもブログの書籍化がブームであるという表現は不適切な気がする。
    • ネット発書籍データベースを見る限りでは突出してブログだけが書籍化がされているという風には読み取れない。
    • せいぜい、Webサイトの書籍化が増加傾向にあるという表現が関の山である。



嘘を嘘と見抜けますか?
  • しかし、そうなるとブログの書籍化云々よりも、なぜ「ブログの書籍化がブーム」ということを自分が信じていたか、という点について分析したくなる。
    • そこで、メディアリテラシーという言葉を導入する。
    • メディアリテラシーとは超簡単に言えば、メディアを使いこなす力である。
    • 詳細についてはこことかここあたりを読んでいただきたいが、噛み砕いて言えば、メディアの情報を鵜呑みにせず、自分で判断しろよってことらしい。

  • ネットに長く棲んでいる人は、マスメディアは都合の悪いことを報道しない、ということをよく知っている。
    • 彼らは自分の都合のいいように平気で統計データを切り取ったりする。
      (例:少年犯罪)
    • また、数多くの問題点を指摘されている与太話も平気で垂れ流す。
      (例:ゲーム脳)
    • と、まぁ、書いてみたりしたわけだが、別にありきたりなマスコミ批判がやりたいわけではない。

  • ここで考えたいのは、『情報の真偽を嗅ぎ分ける力が、受け手側にあるかどうか』という点である。
    • おそらくこの力が十分に備わっている人はあまりいない。
    • これは当方を含め、ニュースサイト管理人も例外ではない。
    • というより、ニュースサイト管理人は、普通の人よりメディアリテラシーは低いんじゃないか、という気すらする。


個人ニュースサイト管理人のメディアリテラシー
  • 多くのニュースサイトでは真偽の鑑定は行わず、ただ情報を流すだけである。
    • こんなサイトをやってると、嘘みたいな話を色々と目にする。
    • そんなものを見かけては「へー」とか「ほー」とか言いながら、嬉々としてサイト上で紹介したりする。
    • しかし、こんなことばっかりやってると、段々感覚がマヒしてきて、信じがたい話でも、「そういうことあるんだー」ぐらいにしか思わなくなったりする。

  • そうして見事にとんでもない話に釣られたりする。
    • 例えば「萌え」の起源は平安年間?という記事に、多数のサイトが釣られまくったという事例がある。
    • この一件では閉鎖騒動にまで発展してしまい、多くのサイト管理人がメディアリテラシーとは何ぞやということを見つめなおすこととなった。

  • また、Simpleでは「Webでは、正しい情報よりも面白い情報が流通しやすい」という重要な指摘もなされている。
    • これはおそらく事実であり、また、自分自身も情報を流す際は、真実かどうかはあまり重視せず、面白かったらとりあえず載せてしまう傾向にある。
    • たぶん、他のサイトさんも似たようなもんだろう。
    • 情報の真贋鑑定は難しく、手間のかかる作業である。
    • そんなことしてるヒマがあるなら、大抵の人は他に面白いものがないか探しに行ってしまう。


Webはメディアリテラシーを向上させたのか?
  • 個人的にはそんなに向上してない気がする。
    • 我々はどうも、自分の信じたいモノを信じ、自分が受け入れたくない情報はスルーする傾向にあるらしい。
    • だから、既存メディアを信じたくない人はネットを信じるし、ネットを信じたくない人は既存メディアを信じる。
    • 単に拠り所が変わっただけで、情報の受け手となる人間の根っこの部分は全然成長していないんじゃないかというのが、当方の印象である。

  • そんな中でも、特に個人ニュースサイトというのは危うい。
    • なまじっか大量の情報を目にするもんだから、ニュースサイト管理人は情報に踊らされやすい。
    • それが自分だけに影響を及ぼすのであればたいした問題ではないが、大量の閲覧者に向かって間違った情報を発信することもしばしばある。
    • そうして、嘘情報に踊らされる人をネズミ算式に増やしていく。

  • では、どうするべきか。
    • これはもう自衛するしかない。
    • ニュースサイト管理人なんざ、あてになりゃしないんだから、自分で判断するしかない。

  • 繰り返すが、ニュースサイトは情報を流すだけである。
    • 真偽の鑑定は他の人がやってくれ、という割と投げやりな姿勢で運営されている場合が多い。
    • もちろん、虚偽であるということが判明すれば、速やかに訂正が出されるだろうが、それも絶対ではない。
    • ニュースサイトにおける情報の取捨選択は、真実か否かではなく、面白いかどうかで決定されるということも頭に入れておくべきだろう。


結び
  • マスメディアは信用できないが、同じぐらい個人ニュースサイトも信用できない。
  • そのため、情報の受け手たる個人個人が、その真偽を見抜く力を養うことがますます重要になってくる。





あとがき的な何か
  • 今回のテキストは難産でした。
    • ホントに書くこと浮かばなかったです。
    • おかげで、おもいっきり期限が過ぎてから出すハメになりました。
    • 次回はもうちょっと早く出せるようにしたいです。

  • 今回は何を書きたいか骨子を定めないまま書き始めたので、かなりアレな感じに仕上がりました。
    • 別にメディアリテラシーのことなんか書く気なかったのに。
    • なんか最後は個人ニュースサイト批判みたくなってるし。
    • どうして、こんなおかしなテキストになってしまったのか_| ̄|○
    • 欝だ氏のう…。

  • それから、としさんにはご迷惑をおかけしました。
    • お詫びにゆつきさんを裸に剥く権利を差し上げますので許してください。
    • ゆつきさんに拒否権はないので、思う存分辱めてやってください。

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by text_project | 2006-02-23 16:52 | セミマル
ウェブには辞書的なおもしろさがあるだろうか。 / とし
小さな頃、活字を読むのが大嫌いで本といえばマンガばかり読んでいる子供だった。 だから身近にある印刷媒体といえばマンガと教科書。 今でこそ小説とか専門書を若干読むようになったけど、印刷された活字とは縁遠い生活をしているといえそうだ。
そんな子供だったが、その頃からひとつだけ手になじんでいる本がある。それは辞書。ふと疑問に思った言葉やフレーズを辞書で調べるのがいつからか習慣になっていて、辞書を読みふけっている子供だった。


辞書はすごく楽しい本だ。
単語を調べるとその用途、時には語源などが示されている。知識が広がることを喜びだと意識し始めたのは最近だが、このころから知識欲が満たされることを肌で感じていたのかもしれない。文中に出現する意味不明の単語を連鎖的に調べるのもおもしろかった。

辞書の楽しさはこれだけにとどまらない。辞書の醍醐味は調べようとしていなかった知らない単語が目に飛び込んでくることにある。聞いたことはあるけど意味はよくわからない、使ったことはあるけどその単語の詳しい定義を知らない、そんな言葉は腐るほどある。そんな単語に出会ったとき、人間は疑問に思うことが下手な生き物だと痛感する。この感覚がたまらなく好きだ。
連鎖的にあふれ出る知識を、貪るように読みふけっている子供だった。


時は流れて。
調べ物はGoogle、言葉の背景やあらましを知りたければWikipedia、英単語を調べるなら英辞郎か手持ちの電子辞書で調べるようになった。ネットにある知識はその信頼性こそ低いが物事の輪郭を把握するためには十分である場合が多く、的確な情報を得やすいため有効だと感じる。この優位性は皆が疑問に思う角度が共通しているためであろう。辞書よりも遙かに「かゆいところに手が届く」情報だと感じる。またデジタルな情報は検索することを大前提としているため、調べ物の時間を大幅に短縮することができるようになった。


しかし物足りない。
辞書を読みふけったあのころの醍醐味がネットにはないのだ。 全くないわけではないが、調べ物をしている最中と限定すればほとんど無い。目的に直進するための整備が整った世界がネットなのだと感じる。目的は達成されるがそれだけなのである。それがすべてだと言わんばかりのネットが少し嫌いになりそうだ。

Wikipediaなど一部のサイトにはランダムにコンテンツを表示する機能があるが、これはまた少し趣が違う。辞書はそれが無尽蔵にあり並列に表示されている。読者はそこから光る石を発掘することができる。発掘という表現は的確ではないかもしれない。向こうから飛び込んでくる。全く関係のない単語が「俺のことを知っているのか」と意思表示するようで、それがおもしろいのだ。ランダム表示ではこのダイナミクスは体験できない。


ウェブにはその醍醐味がないのか。
といえばそれはそれで間違いだと思う。なにより「調べ物」の敷居が低い。気になったらすぐにGoogleで調べることができる。 Firefoxの「Super Drag&Drop」を使って気になる言葉が出てきたらドラッグするだけでGoogleで検索できるようにしている。

しかし、これでは読んでいる(そもそも興味を持っている)分野の造形が深くなるだけである場合がほとんどだ。それでは辞書の醍醐味、あの「疑問に思うこと、興味を持つことが下手」だという感覚を手に入れることは難しい。
目的意識を持ってカテゴライズされた枠組みを持つように設計されたウェブには辞書と同じような醍醐味を求めることは無理なのだろうか。

インデックスがある意味無秩序に羅列されているという観点で考えるのなら、はてブの人気エントリみなぎねあんてななどのニュースサイト統計などではそれが実現されているともいえる。
単純に今話題になっている情報が集積されているというだけではないおもしろさがあるのは辞書的なおもしろさがそこにあるからではないかと感じる。辞書は近い発音の言葉しか一度に目に入ってこない。 それに比べてより広いフィールドの言葉が目に飛び込んでくる分、おもしろさは大きいといえるだろう。 しかしそれでも羅列されたものが「誰かが興味を持った話題」であるという事実が私の知識欲をわずかばかり満たさないとも感じる。


辞書と印刷媒体
辞書は印刷媒体の中で特殊なモノなのだろうか? それは違うと思う。
印刷媒体の特性は情報がカテゴライズされているにもかかわらず直列に並んでいるという点だと思う。 これは雑誌などでページをめくるとこれまでと全く違う趣の特集などが組まれていることを想像すれば簡単に理解できると思う。 たとえ興味が無かった話題でも気になる記述が目に飛び込んでくればそれを読むと思う。ページをめくるという動作が、人間の興味を支配する。 その力が印刷された媒体にはあると思うのだ。


じゃあ、ウェブはどうすればいい?
そのままでいいと思う。辞書には辞書の優位性があり、ウェブにはウェブの優位性がある。と、書き始めたときにはあきらめようと思っていた。

ウェブ全体で考えればそれはその通りだ。すべてのコンテンツが万人にとって情報を抱いているとは限らない。だからGoogleが全件ランダム表示なんてサービスを始めたところで誰も使わないだろう。自分にとってゴミだらけなことが自明である。
しかし、ローカルに見たらどうだろうか? タイトルと概要だけを表示したインデックスをランダム生成すれば意外とおもしろいかもしれない。 先に述べた辞書的なおもしろさがあるかどうかは不明だが、きっと心躍るインデックスになると思うのだ。

たとえば、これまでのブックマークがランダムで表示されるはてなブックマークなんて少し見てみたいと思わないか?

ウェブの真の優位性は蓄積した情報をもう一度使って新しい仕組みを作れるという点にあると思っている。 その仕組みを創造するのはほかでもない「かゆいところに手が届かない」と思っているユーザなのである。
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by text_project | 2006-02-22 13:36 | とし
印刷媒体とウェブの信頼性 / まなめ
 人が最も財布の紐を緩くするのは、安心を買うときだと思うのです。

 最近、列車脱線事故やら耐震偽装やら風説の流布やら、大きな事件が相次いでいます。このような事件が大きく取り上げられるのは、信じていたものに裏切られた事件だからだと私は考えています。いつも利用している交通機関、毎日生活している家、監査人によって承認を得た情報など、当然のように信頼できることに裏切られることは非常に恐ろしいことです。近年増えているニートやフリーターも、責任を持って働くことにより失敗する不安をかかえるくらいなら、最初から不安を抱かない立場にいたいと思っているのではないかと、私は考えたことがあります。

 不安を恐れる我々は、情報に対しても同じように接します。テレビや新聞、書籍などの安心できる情報源(企業)から出された情報ならば大丈夫と思い、その情報を信じるのです。しかし、本当にそれでいいのでしょうか?テレビで言っていたから、新聞に書いてあったから、書籍に載っていたから、すべて鵜呑みにしてしまっていいのでしょうか?

 現在、インターネットが既存メディアに取って代わろうという勢いで情報を発信しています。実際、韓国においてはウェブ新聞が新聞紙を超えたような事件も起きました(注1)。そしてウェブには企業だけでなく、個人も多くの情報を同じ立場で発信することができるようになりました。そこで、自分が見ている多くの情報の中から、これは良い!と思った情報をピックアップし、発信しているのが、個人ニュースサイトというものです。

 しかし、個人で情報を判別しているがゆえ、ときどき嘘情報を正しい情報として流してしまい、読者が間違えて信じてしまうという事件が定期的に発生してしまいます。○○というサイトは今まで信じていたのに騙されたと、一瞬で手のひらを返したかのような扱いをされることまであるそうです。おそらくこれも、安心を大事にする人間性が極端に出てしまったケースではないでしょうか。確かに、嘘情報(ネタ)を嘘(ネタ)と表示しなかった側にも多少の責任はあるかもしれませんが、それは今まで既存メディアを信用しきっていて、自分で情報を判断をするということをサボっているだけではないでしょうか?

 ウェブの利便性は非常に良いです。誰もが容易に情報を発信することができます。しかし、その中には裏付けのある情報から、一時の感情で書いたものまであるでしょう。そしてそれらが、平等に扱われるインターネットの世界では、読者がその情報の真偽を自分で見極めなくてはならないのです。「嘘を嘘と見抜けない人には(2ちゃんねるを使うのは)難しい」とは良く言ったものです。

 さて、今回のお題は「印刷媒体とウェブ」。
 このお題から最初に思ったことは、今はまだウェブは印刷媒体ほどの信頼を得ていないということでした。しかし、それは自分には情報の真偽を見極めることができないと自ら言っているようなものだと思うのです。例えどんな情報でも疑ってかかり、その真偽を自分で見極める力をつけてください。そうすればもし騙されたときも、嘘情報を出した人を信用しないと思うのではなく、自分の情報を見る力が足らなかったと反省すればいいのです。そう考えると、ウェブは印刷媒体よりも信頼性が低いではなく、ウェブは印刷媒体よりも自分の情報を見る力を育ててくれる場所だと言い換えることができるのではないでしょうか。

 安心は媒体には依存しません。
 安心は情報源にも依存しません。

 安心は、自分で育てるものです。


*注1
インターネットが政治を動かしたBB先進国・韓国のオンラインメディア
韓国で影響力を強める、市民記者の投稿によるニュースサイト
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by text_project | 2006-02-21 15:12 | まなめ
個人ニュースサイトは書籍化できるのか? / ゆつき
第三回のお題当番、choirisのゆつきです。こんにちはー。

今回のお題は「印刷媒体とウェブ」。

結構議論も盛り上がってるネタではあるので、結構幅広く面白いネタが出てくるんじゃないかなーと思ってこういうお題にしてみたのですが、皆さんかなり苦労してるようです。サイトやミクシィで「ネタが思い浮かばないー!」とか「当日なのにまだ出来てないー!」って叫びを見てるとゴメンナサイと思いつつも、何だか夏休みの宿題が残ってる小学生みたいで微笑ましいなぁという感じでまぁ問題は僕もその一員だということなんですが。

むむ。
もちろんお題をメンバー内で発表したときには「自分も書けそう」だと思ってたのですが、具体的に書き始めると色々悩んじゃいますね。

ま、第一回、二回と割と直球的な文章を書いてきたので、今回は変化球的に一本書いてみたいと思いますよー。

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さて。
最近ネットから書籍へという動きが盛んになってます。

特に目立つのは有名ブログの書籍化。

良くある文章系ブログは、コンテンツ自体の「ウェブという特殊形式への依存性」が低いので、割と書籍化しやすいのかなーと思います。ぶっちゃけウェブから紙媒体に移行するのにそれほど手間がかからないと。

それに比べて「ウェブという特殊形式への依存性」が高いサイト、例えば同じ文章系でも極端なフォント弄り系は「ブラウザで上から下へずらーっと流していく」形式それ自体が笑いへの不可欠なプロセスになってるので、いくら面白くても書籍化するのは難しい。フォント弄り系代表格の侍魂さんなんて、ネット人口が遥かに少ない4年前の時点で現在のReadme!のトップサイトと変わらない「1日10万ヒット」のアクセスがあったくらいなのに書籍化されてないわけですし。アレを忠実に書籍化するとしたら巻物とかにしないとです。

で。
ここから強引に個人ニュースサイトの話に持っていくのですが(笑)、
個人ニュースサイトは書籍化しえないのか?という話ですよ。

先に述べたことから考えれば、個人ニュースサイトというのは「他サイトへのリンク」によって成立してるわけで、「ウェブという特殊形式への依存性」が極端に高いサイトなわけです。そもそもハイパーリンクというウェブでしか成立しえない形式を基本にしているのですから。

しかもネタが時事的。もちろん時事性が求められないネタもあるにしろ、ある程度ネットでの流行も踏まえた時事性があってこそのニュースサイトであることは否めません。

そんな個人ニュースサイトの書籍化は出来るのか?

僕は不可能ではないと思うのですよ。

それは書籍化というより雑誌化、という形ですが。

個人ニュースサイトを印刷媒体にするにあたって必要な条件は、
「リンクの再現」と「時事性」。


リンク先のコンテンツ、のっけちゃえばいいじゃないですか。
時事性が必要なら一週間に一度の雑誌的なものにすればいいじゃないですか。


そうすれば理論的には「管理人個人のフィルタを通したネットコンテンツセレクション」としての個人ニュースサイトの独自性を印刷媒体で実現できますよ。

ただリンク先のコンテンツを載せるには各管理人への許可を取らないといけないし、権利関係のクリアが大変です。そういった点をクリアできたもののみを載せるので掲載できるコンテンツは相当限られてきます。なので現実的には30くらいのニュースサイトをつめこんでちょうどいい量の雑誌ができる感じになるでしょう。

いわば「週刊・個人ニュースサイト」!



…いや、確かにちょっとありえないですね(笑)

でも確かに実現困難な夢物語ではありますが、
これって実現したらなかなか素敵じゃないでしょうか。

個人ニュースサイトにとってというより、ネット上の個人サイト全体にとって。

だって現状、ネット上で有名になったサイトは書籍化しえますが、それはサイト全体がある程度一貫して秀逸だった場合に限られます。

ではサイトの中の1コンテンツだけ、1文章だけ秀逸だったサイトは?

当然ながら書籍化されません。
でもそれって大いなる損失じゃないですか?

サイト全体を秀逸にできる人ってかなり限られてきますよ。

でもサイトの一コンテンツ、例えばコラムの一部がすごくいい内容で多くの人の心に響いたり、テキストの一つがメチャクチャ面白かったり、数少なくても素敵な写真やイラストを掲載してたり、そういう人はたくさんいます。

そういう放っておいたら埋もれちゃう素敵な才能・コンテンツを発掘するのが個人ニュースサイトですよね?ニュースサイトの醍醐味の一つは、そういう広大なネットの海での宝探しですよね?ダイヤの原石、見つけちゃうことですよね?

そういう点では個人ニュースサイトの印刷媒体化はネット上の良コンテンツの保存の役目を担うと共に、それをより多くの人の目に触れさせ、また個人サイトの意欲を呼び起こして個人サイト界全体を活性化する要因になるはずです。

これはブログ書籍化や、従来のネット雑誌ではありえない「ネット上のいろんなサイトのコンテンツ切り貼りの集合体」という意味での「週刊・個人ニュースサイト」だからこそ実現可能なことですよね。

僕は個人ニュースサイトシステム全体としての存在意義は「ネット上にある良いコンテンツの流通を促進すること」にあると思いますが、この夢物語が現実になればさらにそれが促進されるのではないか、と思うわけです。

結論:
誰かベンチャー企画でも何でもいいのでこういうことやってくれないかなぁ(笑)


そんな感じで中途半端ではありますが「印刷媒体とウェブ」で思いついたネタを書いてみました。お題を思いついた当初は全然違う切り口で書く予定だったのですが、たまには変化球的なネタということで。

良かった。とりあえず今回もなんとか書けました♪ではでは、またですー!

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(追記1)もちろん現実的にはこの計画の実現のためにたくさんの人が関わることになるので交渉が大変だし、ネットでは一部の人の営利になるようなことを嫌う風潮もあるので、やるとしたら広告費で制作費とコンテンツ提供者への謝礼等の最低限だけまかなったりR25的なフリーペーパーでないと難しいとか色んなハードルがありますけど。あくまで夢物語なので余り生々しく突っ込まないで下さい。

(追記2)「発掘」とか書いてても僕はニュースサイトの方が取り上げられる対象になるサイトさんより偉いとかそういう傲慢なことは思ってません。いいコンテンツにアクセスが集まるのは本来自然なことで、ニュースサイトはそれを補助してるだけ。そこのとこ誤解されるとイヤなので念のため。

(追記3)案外既に同じようなものが実現してたらカッコワルイなぁ…

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by text_project | 2006-02-20 15:13 | ゆつき
お題 その3
第3回のお題は

「印刷媒体とウェブ」 by ゆつき@ちょいりす
です。
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by text_project | 2006-02-20 00:47 | Information
職業病 / ゆつき
前回最初で皆の空気が読めないまま投稿してみたら、案の定エントリー単体としても投稿群の一つとしてもメチャクチャ中途半端なものになってて凹んだchoirisのゆつきですこんにちは♪

前回の反省を生かして今回はサイト論的な内容をちゃんと入れつつ文章作ろう!と思ってたのですが、お題が「職業病」ですか。どう考えてもサイト論的な方向性で書けそうにないのでまたまたひねりのない感じで素直に書こうと思いますよ。

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choirisを運営してることに関する職業病、ということで考えていくと、まず最初に思いつくのが「そもそもネット関連の話がリアルで始まると話題に入るべきか迷う」というニュースサイターなら誰しもが味わうことですね(笑)


代表的なネタが「2ch」「ブログ」「mixi」とか。まぁ今回は僕が最後の投稿なので既に前の方々が語ってることだとは思うのですが、「ネットで話題になってることはかなり詳しく最新情報を把握してる」けど「リアルでそういうネタを出すと引かれたりサイトバレしたりする可能性がある」、「とはいえ知ってることは言いたい!」「でも全部言っちゃうとあまりに詳しすぎる!」って葛藤がしばしば起こりうるわけです。

「別にスルーすればいいじゃん」って話ではあるのですが、なかなかスルー出来ないのが情報屋たる所以。食いつける話題には食いつかなきゃ損な気がしちゃうものなんです。


で。
さらにもっと狭く。ある情報について知り合いが話してるとき、それが「自分のサイトで詳しく扱ったネタ」だったりしたらもう大変です。

ウチの場合は例えば「健康ネタ」や「雑学ネタ」とか。



話題

「風邪引いたんだけど風邪薬飲んでも全然治らないよー」



心の声

『いや、風邪薬って風邪を治す薬じゃないから。風邪ってそもそも毒素を排出する浄化作用の一つであって、風邪薬はその浄化作用のためのセキとか熱とかを無理に抑えるから、むしろ症状を長引かせるだけなんだよ。っていうか風邪薬って日本だけにしかないって知ってた?あと風邪予防のためにうがいすると思うんだけど、これは実は日本だけの習慣で、最近やっとうがいが風邪に効果的だってことが科学的に証明されたんだよ。ちなみに実験の結果、イソジンでうがいするより水うがいの方が効果的だったそうなんだけど(以下略)』



引かれます。

素でこのまま話したら引かれます。

こいつはなぜ風邪ネタでこんな熱く語るのかと間違いなく引かれます。


まぁ僕は結局会話の中に自然に組み入れて小出しにしながら話してますけど、出したいネタが溢れるほどに存在するのに小出しにしないといけないのは結構もどかしいもの。


特にウチは当初から「雑談中に話題として使えるネタ」をニュース対象にしている上に、「単なる情報の断片に留まらず、毎日見ることによって体系的な知識のビルディングを築ける」ことを目標としています。

なので「ヘッドライン一行でリンク先の話のタネとして使える核を覚えられる」ように工夫してますし、「以前紹介した記事との連続性を考えてヘッドラインを付けたり、関連性があるネタは過去ログを探して再掲する」ことを心がけています。


故に「風邪薬」というネタから一気に関連ネタが体系的に脳内展開されるのは、まさに意図通り!…意図通りではあるのですが、あまりに詳しく扱ってるネタだと口頭でこれだけのネタを話せることが逆に相手を引かせる原因になりそうでドキドキだという(笑)

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あとは雑学を良く扱う関係から、「ちょっと疑問がわいたらメモっておいて後で調べて更新のネタにしようと思う」こととか、テキスト書いてるので「うわ、なんか凄いのに遭遇しちゃった!と思ったらサイト用にメモっておく」とかそういうのも職業病なのかも。

まぁもともとこういう事が普段から好きだったからそれがサイトに繋がってるっていう「卵が先か鶏が先か」的なことでもあるのですが、こんな感じのことが職業病といえば職業病かなーと思います。

相変わらずひねりもなく書いちゃいましたが、今回はこんなとこで。

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by text_project | 2006-02-18 13:29 | ゆつき