カテゴリ:鴎( 8 )
繋がり / 鴎
繋がりという言葉を見たとき、まず思い浮かんだのは「伝承」と「創造」という言葉でした。
僕の好きなバンドにfishmansという人たちがいるのですが、ヴォーカルであり作詞作曲していた佐藤伸治さんは風邪で命を失ってしまったのですね。1999年3月15日のことです。

去年から今年にかけて、fishmansはリユニオンツアーを行いました。仲間が集まり、fishmansの名の下に「2000年代の音」を鳴らした旅でした。その様子は映画化されました。

歌い継がれるような歌を作り出した佐藤さんにも、それをともに作り上げたfishmansの面々にも、それを今歌うすべての人たちにも、幸せな時間が流れていたと思います。みんながfishmansが好きで、その気持ちが伝わってくる、いいライヴでした。こうして歌というのは血肉になっていくのだなぁと思いました。

先人が残した遺産。素晴らしい創造物の恩恵を受けて、いつの世もヒトは生きていくと思います。
そしていつかは自分の創造物を、後の世代に残していくのだと思います。

果たして、僕は何かを創造できるのかなと不安になります。
自分の好きなものを、同人的に加工するのは楽しいし、まるで自分が素晴らしい想像力を持った人間のように思います。
でも、それでいいのかな?とも思うのです。
ある意味それは、自分の表現をすることから逃げているだけなのではないか。
そう感じるときがあります。

すべては模写から始まると先人はいいます。
その中で、少しでもオリジナルなものを、世の中に出していければいいなと、思います。

そういう意味でPlogjec::Logisticaは良い意味で課題を与えてくれたと思います。
こんな素敵なつながりをつくってくれた、としさんと他のメンバーの方々に感謝。
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by text_project | 2006-07-02 00:09 |
誰の為に、何の為に更新していますか? / 鴎
自分のためです。サイトは自己顕示欲と情報収集欲の結晶といってさしつかえないと思います。

そもそもは自分のネタを書き留めるために始めたサイトであり、自分の持っている情報を共有することで都合のいい環境を作ろうとしている試みでもありました。

他人の喜ぶ顔を見るのが嬉しいということも一種の欲望だと考えれば、僕のすべての行動は自分のための行動だといえるでしょう。

欲望を離れること、滅私すること、完全に他人のために行動するってできるのでしょうか。

小説『フラニーとゾーイー』でゾーイーは妹のフラニーに太っちょのオバサマのために演技しろと諭します。

自分からは切り離されていて、それでいて身近に感じる他者のために、演じろと、太っちょのおばさまは誰でもあり、そしてキリストであるとゾーイーは言います。

我から離れるためには自分から切り離された一神教型の神が必要なのかもしれません。そこでは人はみな等しく神の子であり、神を通して滅私奉公できます。

あるいは、仏教のように、法を極めることで欲望から解脱し、自然と一体になることもできるかもしれません。

僕は特定の宗教に属していないので、神秘的な体験をしたこともなければ悟りを感じたこともないのですが、何かの役職として振舞うとき、自我の鎖から外れ、滅私できるような気がするときがあります。

ただ、僕は欲が深いのか、なかなかそれになじめませんが。また欲望から離れることが人間にとって幸せであるかはわかりませんが、時には自分をなくしてみる体験をしたいなと思います。

なんか全然違う話になってすみませんでした。
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by text_project | 2006-05-05 00:02 |
mixi(ソーシャルなサービス)ってどーよ? / 鴎
どうもどうも、今回はお題決定者でありトップバッターでもある鴎です。パウダースノーを好きにお滑れるとあって、気合を入れつつも、飛行機に間に合うように書きたいなと思います。

さて、今回のお題、ソーシャルなサービスということですが、かなりこれって広く取ろうと思えば取れて、SNS,SBMの他にも、Blogなんかもソーシャル的だと言ってかまわないと思います。僕は目下mixiにはまり中なので、mixiのことを書こうかと思います。mixiにおおはまりしてる奴はこう見てるって感じですかね。

簡単に僕のmixiの状況を話すと、一日の平均更新回数2+レビュー。マイミク120人。コミュニティ233。って感じです。ぎんぎんにはまっている状態といってかまわないと思います。

mixiの面白さってのは、やはり見知った人の日記が配信されて、コメントを気軽に付け合えるっていうところにあると思います。やはり、たいていの人にとって一番面白いのは身近な人の世間話であり、それを上手くパッケージングしたところが成功の秘訣なのではないでしょうか。

さらに言えば、GREEのインターフェイスが名刺的で、男性的あるのに対し、mixiのインターフェイスは井戸端的というか給湯室的というか、どこか女性的で、おしゃべりの場みたいな感じがするのも他のSNSとの差別化となったのかもしれません。

大体マイミクが20を越えたあたりから、「マイミク増やしモード」に入り、一気に100近くまで増えたので、mixiGraphをみるのがかなり楽しくなりました。マイミクの内訳はサークル70人、高校30人、ネット20人って感じですかね。一応マイミクの日記は全部読んでいるので、人数が多くても繋がりは薄くなってないつもりです。

mixiではかなり気軽にコメントが飛び交うので、Blogとの温度差を少し感じる人もいるかもしれません。それを心地よいと思うかは人それぞれですが、僕は両方いいなぁと思ってます。

コミュニティもかなりマニアックなところがあったり(「ディフェンスに定評のある池上コミュ」なんてあります)、自分で主催できたりしてかなり楽しいです。僕は50を越えたあたりから、コミュニティの書き込みをチェックするのをあきらめて、「面白そうだからとりあえず入っとくかモード」に入り、がんがんコミュを増やしていきました。それでも本当に見ないコミュは消しているので、これくらいの数に収まっています。

コミュニティのイベント告知がきっかけで、おととしは「オザケンナイト」、今年は「フィッシュマンズナイト」というイベントに参加することができました。とても楽しく、いい思い出です。

他にはコンテンツとしてはmixiニュースというのがあるのですが、これは最初は違和感を感じたものの、慣れてくると結構面白い感じになってきました。ニュースで日記を書くという機能があるのですが、書いてみると、見知らぬ人からのアクセスやコメントが大量に来て、あぁ、こんな形でのコミュニケーションが取れるんだなと感心しました。

mixiの成功の影には携帯あり。携帯でmixiをやってる人は多いのではないでしょうか。僕の携帯のホームページもmixiになってしまいました。出先でちょっとメモ感覚で日記更新したり、他人の日記が読めたりするのは楽しいものです。はからずもmixiは携帯用のRSSとして機能していると思います。mixiの成功の影には携帯での成功があると思います。

そう考えると興味がわくのは巨人ソフトバンクの動向です。vodafoneを買収し、Yahoo360を開始したYahooは、オークションなどのほかのサービスとのシナジーでどんなサービスを打ち出してくるのか?興味が尽きないところです。

mixiというと実名文化ですよね。多くの人が実名を公開して活動を行っています。僕自身は古い人間ですから、実名は出していません。ただ、自分の本名を明かさないだけで、mixiでは完全にリアルと同じ人格として振舞っています。

mixiとblogを二つ掛け持つと、書くことがないじゃないかという話がありますが、僕は「同じコトを書く」ということで解決しています。ただ、mixiのほうではパイロット版を公開し、鴎庵ではディレクターズ・カット版を公開といった感じで、内容を少し改変しています。一応mixiですでに見ていても、楽しめるようには書いています。

だから今は鴎庵のほうは、mixiに引っ張られる形で、よりリアルの僕に近くなってきているのではないかと思います。

mixiの面白さのひとつに新着情報のお知らせがあると思うので、これを一歩進めて、なんらかのアンテナサービスか、RSSサービスを開始してもらえるともっと楽しくなるかなと思っています。

今日は手当たり次第mixiについて書き散らしてみました。みなさんがこのお題でどのような文章を展開するのか今から楽しみです。ではでは!
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by text_project | 2006-04-19 20:00 |
絶望した!自分の人生に絶望した! / 鴎
第五回のお題は「失敗談」。恥の多い人生を送ってきた僕ですから失敗談は腐るほどあります。むしろ腐ってます。ちょっと覗いてみましょうか。

まず思い浮かぶのは、つい最近の出来事です。

近所の道を歩いていると、「おい」と声をかけられました。当方目が悪いもので、振り向いても誰かわかりません。おそらく小学校の友達だろうとあたりをつけ、近づきながら「おぉー、久しぶり」と声をかけると「久しぶりじゃねぇよ」と言われました。弟がにやにやしながら立っていました。

しかもそのとき僕は口笛を吹きながら歩いていたというおまけつきです。失敗です。

僕はサイクル部に入っていたのですが、大学の一年のとき、納会に参加するためチャリで山中湖の山荘まで走ったことがあります。サイクル部のしきたりで、一回は自転車でかけつけなければならなかったんです。

そうなんです。遭難です。しかも後輪がパンクする事態。そのとき携帯から掲示板に書き込んだ「助けてください。」は今でも語り草です。失敗です。

高校の頃は学年一寝る男として名高かった僕ですが、地理の時間に寝て、(地理は教室を変更して行われていたため)起きたら周りは違うクラスだったときは驚愕しました。失敗です。

そんな失敗続きの人生にも春が訪れることがありました。中学のある日、ある女の子が告白してくれたのです。しかし、そのときフードを目深にかぶっていた(それがかっこいいと思っていました)僕は、つきあって、別れたときのことを考えてびびって、無視してしまいました。逆走です。失敗です。

その後なんとか一緒に映画を見ることになったのですが、その時、トムクルーズ好きの彼女のために選んだ映画は『マグノリア』。トムクルーズはSEXセミナーの教祖だし、蛙が空から降ってくるしで散々です(映画自体は「僕は」凄い気に入ったのですが)。失敗です。

大学のESSで二年目、色々やろうとがんばったのかどうかはわかりませんが、勉強と両立できなくなって、パンクしてしまいました。失踪です。失敗です。

子供の頃は、よく転ぶ子供でした。人生によく転ぶ大人になってしまやしないかと(もうなってる!?)心配で夜も眠れません。失敗です。失敗です。失敗です。失敗です・・・・・・・・
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by text_project | 2006-03-24 19:15 |
テクニック / 鴎
Plogect::Logisticaも第4回、今回は『テクニック~技・知恵・工夫』がお題と言う事で。さて、どう書いていきましょうか。今回は全くゼロからの文章立ち上げの過程を公開することで、自分自身のアイディア出しテクニックを書くという手法をとろうかと思います。

テクニックといえば、巷に溢れるモテテクニックの数々や、ドライビングテクニック、ビデオゲームのテクニックもありますし、楽器の演奏テクもテクニックですよね。

goo辞書によるとテクニックとは技術、技巧のことらしいですね。

さて、どうしたものか。やっぱりウェブサイト管理人が書くとなるとウェブに関連したことの方がいいのでしょうか?となるとサイト論?どーだろうなー、それなら書けそうな気もするけど。

最近話題の議論のしかたは全部読んだら勉強になりそうだけど、全部読む気にはなれないなー。紙におとせば読めるかもしれないけど。あぁ、こういうの前回に書けば良かったかもなぁ。「本は反射した光を読むが、ディスプレイは発光体を読む、それから生じる物理的経験の違い」みたいなの、おもしろかったかもなぁ。

それはともかく、自分でもディスカッションに興味があって、こんなエントリ書いてるくらいだから、書こうと思えば議論についても私見を述べられるかもしれないけれど、この文章書いたときからレベルアップしてないからなぁ。

じゃーとりあえずニュースサイト執筆の技術を書くとして、「ニュースサイト」の要素を挙げてみるか。
・ニュースリンク
・ネタ元リンク
・コメント
・柱リンク
blog形式でやる場合はこれに加えて
・コメント
・トラックバック
が加わるわけか。

ではこれらの要素をもっと具体化してみるか
・ニュースリンク
「どの分野か」「一回の更新量はどれくらいか」「色は変えるか」
・ネタ元リンク
「全て自分で探すか」「つけるか」「どこまで掘り下げるか」「色を変えるか」
・コメント
「つけるか」「量はどうするか」(一言か/ちょっとした文章を書くか)「内容はどうするか」(ネタの内容を紹介するか/感想か)
・柱リンク
「つけるか」「どのサイトにするか」(ニュースサイトのみか/ブログのみか/テキストサイトも含めるか)
・コメント
「コメントにどう対応するか」(フレンドリーか/つきはなすか)
・トラックバック
「スパム認定の基準は」(リンクあり/言及あり/関連あり)「トラックバック返しをするか」「トラックバック返しされて嬉しいか」

まぁなんとなくこれをネタに書けるかなとも思えるかな。

もしくは鴎庵をやっている上で感じる雑感を書いても許されるかもな。

例えば、「小ネタ」や「私信」ならすらっとかけるんだけれども、二つを複合させようとするとかなり力を入れないとかけなかったりするとかいうのは、既成の型に沿って書くのは簡単だが、新しい型が出来ていない状況で徒手空拳で書くのは難しいみたいな話もできそうだし、長文を書きたいときと短文で済ませてしまいたいときがあって、更に言えば長文を書くときでも、文章の強度をどうするかという問題もある。文章の強度というのは造語なんだけど、ようはその文面から受ける印象が重いかどうかってこと。あまり改行をしなかったり、論理の幹だけで構成してあったり、逆に装飾の枝が多すぎると重く感じる。強度を高くしたいときもあるし、低くしたいときももちろんある。これは好みだと思う。

彼女のいない生活をこじらせている者がいうのもなんなのだけれども、聞き込みの結果、女性は「髪/頭をなでられる」「弱いところを自分だけに見せられる」のに弱いらしいっすよ。あ、これモテテクニックね。

あと、最近読んだ文章では「書きたい量の2倍を書いて削ったら良文になる」らしいし、これってネットにも編集が必要だみたいなところと繋がってくると思うんだけれど、ネットの利点として際限なく書けるというのもあると思うので今回は裏側をノンカットで書いてみました。どうかこれを皆様の頭の中で半分の量に再構築してお楽しみください。
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by text_project | 2006-03-10 00:02 |
印刷媒体とウェブ / 鴎
さて、ロジスティカ第三のお題は「印刷媒体とウェブ」ということで。

先日図書館から『教科書に載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』を借りて遅ればせながら読ませていただいたのですが、そもそも個人サイトと印刷媒体というのは密接な関係があったそうです。

と、いうのもインターネット最初期、つまり94年や95年に個人サイトをやれたのは、大学生だったそうです。これはまだプロバイダ料などが高く、個人ではネット環境を整備できなかったことが理由に挙げられています。そこで大学の設備を使って個人サイトが営まれていたわけですが、当時はe-zineと呼ばれるミニコミ誌のウェブ版のようなサイトが面白かったらしいのです。

今その直系のDNAを持っているサイトさんは、Weekly Teinou 蜂 Womanさんらしいです。このように、ウェブ最初期は、紙メディアに載っていたものがウェブに入ってくるという時代でした。

そのうち企業や新聞社などがオンラインのマガジンをするようになり、こと「情報」に関しては紙メディアと同等の存在にウェブはなりました。いわば莫大な蔵書を持つ図書館にインターネットはなったわけです。

その後、あやしいわーるどやあめぞう、そして2chが巨大化していく中で、ウェブは掲示板利用者の中ではラジオになっていったと思います。一日中つけっぱで時々投稿するラジオ番組としてのウェブがあったわけです。

そしてmixiやRSSが広がり、ウェブはより大衆的なTVに近くなってきたと思います。何もしなくても大量のコンテンツが作られ、更新情報を巡回しなくても集められ、ただだらーっとながめることで時間をつぶせるメディア、いつでも自分のコンテンツを発信できるメディア。インターネットは個人をメディアとして24時間消費する大きなシステムになりました。そしてハイパーリンク・ディープリンクによって個々のコンテンツはコンテンツ製作者の「名前」から離れ、独立して消費されるようになりました。

そんな状態からのゆり戻しという意味が、ウェブの書籍化にはあると思います。製作者の名前の無いコンテンツとしてしか認識されなかったものが、ひとつにまとめられ、パッケージとして売り出されるというのは、「名前を取り戻す」という行為にも思えます。

もちろん商業的にやっていけるだけの下地ができたこともあるでしょうし、著作権がらみの話もあるでしょうが、インターネットの書籍化に個人サイトの隔世遺伝を見るのも面白いのではないでしょうか。dai
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by text_project | 2006-02-27 14:01 |
ニュースサイト管理人は職業か? / 鴎
今回のお題は「職業病」ということで。

で、ちょっと考えてたのですけれども。「はて、果たしてニュースサイト管理人って職業なのかな」と思ってしまいました。

ありたいていに言えば、職業人、つまりプロフェッショナルというのは、サイト更新で儲けを出している人といえそうです。この定義で言えば僕はアフィリエイトをやっていないので、プロとはいえないと思います。

人がなにかのプロになるということは、役割を演ずることだと思います。それぞれが、その職業に期待されるふるまいをすることで、世の中は回っていくものだと思うのです。教師は教師らしく、政治家は政治家らしく、そして、あるいは先輩は先輩らしくあるべきだともいえるかもしれません。「○○らしく」という言葉が意味するところは人によって微妙にぶれがあるかもしれませんが。

仮に「ニュースサイト管理人」という職業があるとして、まず思いつくのはカトゆーさんHemoSTATIONさんです。センスといい、量といい、素晴らしいです。そのストイックな姿勢が職人っぽいです。

そうなのです、プロはストイックであるべきだと思います。もっといえば、サービスを提供する存在には、人間味はいらないといってもいいのではないでしょうか。例えば水道屋を家に呼んだとき、延々愚痴をきかせられては困ります。弱みをみせずにプロを演じてもらいたいと、消費者の立場である僕は思うわけです。

そういう意味で、「楽屋オチ」というネタには芸がありません。よく芸能人が自分の私生活をネタに話していますが、あれと同じようなものです。まぁあれにも才能はいるでしょうが、「芸」とは違う気がします。

しかし、親密な人、環境が似ている人、そして興味のある人のする裏話は非常に面白いものです。むしろ、普通の芸よりそっちの方が面白いことがあります。

そういう時は、その人のことを「ネタ優先」でなく「人優先」でみていると思うのです。

ニュースサイトに関しても、ただサービス提供者という見方だと、いわゆる日記やサイト間の挨拶、サイト論なんてのは本道から外れた邪魔なものでしかありません。そういうものに拒否感を覚えるのは当然だし、ストイックにやられている方はかっこいいです。

しかし、人として見るとき、ニュースサイトに人をみるときはそのノイズの部分こそが面白いと、僕は思うわけです。

僕にとってニュースサイト更新は職業ではないので、日記もかけば弱みも見せ、サイト論もたまには書きますが、観ている人にとって「こいつちょっとだけ面白いな」となるような知り合いになりたいなと思っています。
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by text_project | 2006-02-16 00:22 |
鴎庵小史 / 鴎
第一回のお題は「あなたのサイトの個性はなんですか?」ということで。そうですねー、ひらたく言えば、うちのサイトの個性は、僕、鴎という人物が書いているということなのですが、それではあまりにも身もふたも無さ過ぎるので、鴎庵というサイトの裏話でもさせていただこうかと思います。

サイトを立ち上げる数ヶ月前から事故で休学中の身になり、日々の楽しみは本と漫画と映画とTVとインターネットだけ(あれ、結構あるな。日本はひきこもりに優しい国だなぁ)となったとき、一番面白かったのはwebに転がる面白いものを紹介していた個人ニュースサイト群でした。
特に、TricksteRさんeverything is goneさんが好きで、毎日に何度もサイトを開いてチェックしていたものでした。そのうち他のニュースサイトさん(仕分け屋一ツ橋さん溢ニュースさん等)も見るようになり、日々膨大なネタを摂取するようになった頃、自分の好きなネタを書き留めておきたいなと思うようになったのです。

とはいっても1からサイトをくみ上げるのは、高校の時に授業でサイトを作った経験から、かなりめんどく、しかもたいして格好いいサイトを作れないことがわかっていたので、その時盛り上がりを見せていたblogサービスの中で一番好きなデザインのところを選び、サイトを作成しました。初めて3時間は「屋根裏」というタイトルだったのですが、その後色々あって、「鴎庵」に落ち着きました。

基本的にはニュースサイトとして運営するつもりでしたが、せっかく情報発信の場を設けたのだから自分の言葉も綴ろうと、当時社会との接点を失い自分の考えを誰かに伝えたかった僕は考え、小噺(いわゆるblog)と私信(いわゆる日記)というコーナーも設けました。

その時念頭にあったのは、漫画家の山田玲司が言っていた「97%のエンタテイメントと、3%の主張でちょうどいい」という言葉でした。サイトの裏目的として自分という人間を知ってもらうというものがあったのですが、あくまでそれは3%。面白いネタが97%になるように心がけていました。そしてそれは、当時ふさぎこんでいた自分の精神状態を上向きにするのにも役立ちました。

上にも少し書いたのですが、当時(今も)自分はサイトを自己表現の場と考えて、出来るだけ多くの面を包み隠さずに見せていこうと思っていたことと、単純に管理がめんどうだったために、ニュースサイト・blog・日記というものをひとつのサイトでやることにしました。これは読者さんにとっては、鴎庵にさえ行けば僕のつくったコンテンツのすべてが見られる(現在はmixiもやっていますが)というメリットもあるけれども、その分ノイズが増えるというデメリットもあるとは思います。

ただ、僕はニュースサイトにおけるネタというのも、単なる情報というだけではなくて、そのパーソナリティーを形成するものだと考えているので、むしろそのノイズこそが面白いのではないかなぁと思います。

さて、サイト運営、ネタ集めに没頭し、狂ったように更新を続けているうちに大学がはじまり、生活スタイルの変更を余儀なくされました。また、さらにその時はもう精神的にだいぶ楽になっていたので、ネタを集める動機が薄くなっていました。そんなことが重なって、夏頃鴎庵はフェードアウトすることになりました。

それでも、ニュースサイト巡回は続けていたので、なにかのきっかけがあればはじめられる状態ではありました。

更新のきっかけとなったのは西川貴教のオールナイトニッポンが最終回を迎えて、一言何か書きたくなったことだと思います。そんなわけで、9月の終わりに鴎庵は再開されました。

ただ、やはり大学があり、以前の様にwebに湯水のごとく時間をかけるわけにはいかず、また、ニュースサイトというものの多さもわかってきた頃だったので、何か新しいことにチャレンジしなければ生き馬の目を抜くニュースサイト業界で生き残っていくことは難しいなと思うようになりました。それは、一時期失ったサイト更新へのモチベーションを再び得ることにもつながりました。

そんなわけで、今は実験的に色々なことを試しているフェーズにいます。鴎庵というサイトの特性上、ニュースと自分の書いた文の組み合わせで、何か面白いことが出来るのではないかと考えています。また小ネタ(ニュース)の一回の更新分は、タブロイドみたいな気分で書いているので、ビジュアル面も増強していければいいなと思いながら、最近は日々更新しています。

こんな感じで自サイト紹介を終わりたいと思います。いかがでしたでしょうか?
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by text_project | 2006-02-03 13:36 |