ウェブには辞書的なおもしろさがあるだろうか。 / とし
小さな頃、活字を読むのが大嫌いで本といえばマンガばかり読んでいる子供だった。 だから身近にある印刷媒体といえばマンガと教科書。 今でこそ小説とか専門書を若干読むようになったけど、印刷された活字とは縁遠い生活をしているといえそうだ。
そんな子供だったが、その頃からひとつだけ手になじんでいる本がある。それは辞書。ふと疑問に思った言葉やフレーズを辞書で調べるのがいつからか習慣になっていて、辞書を読みふけっている子供だった。


辞書はすごく楽しい本だ。
単語を調べるとその用途、時には語源などが示されている。知識が広がることを喜びだと意識し始めたのは最近だが、このころから知識欲が満たされることを肌で感じていたのかもしれない。文中に出現する意味不明の単語を連鎖的に調べるのもおもしろかった。

辞書の楽しさはこれだけにとどまらない。辞書の醍醐味は調べようとしていなかった知らない単語が目に飛び込んでくることにある。聞いたことはあるけど意味はよくわからない、使ったことはあるけどその単語の詳しい定義を知らない、そんな言葉は腐るほどある。そんな単語に出会ったとき、人間は疑問に思うことが下手な生き物だと痛感する。この感覚がたまらなく好きだ。
連鎖的にあふれ出る知識を、貪るように読みふけっている子供だった。


時は流れて。
調べ物はGoogle、言葉の背景やあらましを知りたければWikipedia、英単語を調べるなら英辞郎か手持ちの電子辞書で調べるようになった。ネットにある知識はその信頼性こそ低いが物事の輪郭を把握するためには十分である場合が多く、的確な情報を得やすいため有効だと感じる。この優位性は皆が疑問に思う角度が共通しているためであろう。辞書よりも遙かに「かゆいところに手が届く」情報だと感じる。またデジタルな情報は検索することを大前提としているため、調べ物の時間を大幅に短縮することができるようになった。


しかし物足りない。
辞書を読みふけったあのころの醍醐味がネットにはないのだ。 全くないわけではないが、調べ物をしている最中と限定すればほとんど無い。目的に直進するための整備が整った世界がネットなのだと感じる。目的は達成されるがそれだけなのである。それがすべてだと言わんばかりのネットが少し嫌いになりそうだ。

Wikipediaなど一部のサイトにはランダムにコンテンツを表示する機能があるが、これはまた少し趣が違う。辞書はそれが無尽蔵にあり並列に表示されている。読者はそこから光る石を発掘することができる。発掘という表現は的確ではないかもしれない。向こうから飛び込んでくる。全く関係のない単語が「俺のことを知っているのか」と意思表示するようで、それがおもしろいのだ。ランダム表示ではこのダイナミクスは体験できない。


ウェブにはその醍醐味がないのか。
といえばそれはそれで間違いだと思う。なにより「調べ物」の敷居が低い。気になったらすぐにGoogleで調べることができる。 Firefoxの「Super Drag&Drop」を使って気になる言葉が出てきたらドラッグするだけでGoogleで検索できるようにしている。

しかし、これでは読んでいる(そもそも興味を持っている)分野の造形が深くなるだけである場合がほとんどだ。それでは辞書の醍醐味、あの「疑問に思うこと、興味を持つことが下手」だという感覚を手に入れることは難しい。
目的意識を持ってカテゴライズされた枠組みを持つように設計されたウェブには辞書と同じような醍醐味を求めることは無理なのだろうか。

インデックスがある意味無秩序に羅列されているという観点で考えるのなら、はてブの人気エントリみなぎねあんてななどのニュースサイト統計などではそれが実現されているともいえる。
単純に今話題になっている情報が集積されているというだけではないおもしろさがあるのは辞書的なおもしろさがそこにあるからではないかと感じる。辞書は近い発音の言葉しか一度に目に入ってこない。 それに比べてより広いフィールドの言葉が目に飛び込んでくる分、おもしろさは大きいといえるだろう。 しかしそれでも羅列されたものが「誰かが興味を持った話題」であるという事実が私の知識欲をわずかばかり満たさないとも感じる。


辞書と印刷媒体
辞書は印刷媒体の中で特殊なモノなのだろうか? それは違うと思う。
印刷媒体の特性は情報がカテゴライズされているにもかかわらず直列に並んでいるという点だと思う。 これは雑誌などでページをめくるとこれまでと全く違う趣の特集などが組まれていることを想像すれば簡単に理解できると思う。 たとえ興味が無かった話題でも気になる記述が目に飛び込んでくればそれを読むと思う。ページをめくるという動作が、人間の興味を支配する。 その力が印刷された媒体にはあると思うのだ。


じゃあ、ウェブはどうすればいい?
そのままでいいと思う。辞書には辞書の優位性があり、ウェブにはウェブの優位性がある。と、書き始めたときにはあきらめようと思っていた。

ウェブ全体で考えればそれはその通りだ。すべてのコンテンツが万人にとって情報を抱いているとは限らない。だからGoogleが全件ランダム表示なんてサービスを始めたところで誰も使わないだろう。自分にとってゴミだらけなことが自明である。
しかし、ローカルに見たらどうだろうか? タイトルと概要だけを表示したインデックスをランダム生成すれば意外とおもしろいかもしれない。 先に述べた辞書的なおもしろさがあるかどうかは不明だが、きっと心躍るインデックスになると思うのだ。

たとえば、これまでのブックマークがランダムで表示されるはてなブックマークなんて少し見てみたいと思わないか?

ウェブの真の優位性は蓄積した情報をもう一度使って新しい仕組みを作れるという点にあると思っている。 その仕組みを創造するのはほかでもない「かゆいところに手が届かない」と思っているユーザなのである。
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by text_project | 2006-02-22 13:36 | とし
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